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ELECTRIC DREAMSにみる機械と人間の友情と恋愛-前編/千葉利彦

1 ELECTRIC DREAMS (P.P.ARNOLD)[1]

1984年に公開されたこの映画『 ELECTRIC DREAMS (P.P.ARNOLD)』、アメリカでも日本でもまったくヒットしなかった。当時私は、仙台のスクリーンが複数ある、今ならコンプレックスなどと言われるビル[3]の、月末まで有効の招待券を握りしめていた。アメリカ映画が好きだった私は、迷わず、「アメリカ映画、エレクトリック・ドリーム」と看板に書かれた劇場へと入って行った。

冒頭、スクリーンには、「コンピュータの寓話」とテロップが表示される。これを見て、心ときめかない観客はいないだろう。現代における寓話[2] は、えてして我々現代人の心をくすぐるものなのだ。

主人公Miles Hardingは、うだつの上がらない[4]建築デザイナー。

ロスからサンフランシスコ行きの飛行機が遅れ、遅刻していった会議では、社長から名前をミルトンと呼ばれる始末[5]。彼が何度もマイルスってアピールしても、ミルトン。この社長は、耳が不自由なのか、失楽園に魅せられているのか。

背景に流れるこの曲は、コンピュータの寓話のトップを飾る華やかな楽曲。これから始まる飛び切り素敵な物語を暗示するようだ。

ところで、この映画、監督はあのSteve Barron 。彼は製作当時、新進気鋭のアーティストであった[6]。わが国でも一世を風靡したA-haのミュージックビデオ “TAKE ON ME” の監督と言えばわかってもらえるものと思う。

2 NOW YOU’RE MINE(HELEN TERRY)

会議の後、マイルスは、見るからにユダヤ系の同僚[7]から、家事や仕事にPCを使ったらどうかと勧められる。PCに疎いマイルスは、専門のショップに行くのだが、結局、そこの店員が棚から落としたPCを格安で購入し帰途につく。

当時コンピュータと言えば、一部のマニアしか利用していないもの、という意識がまだ根強かった。しかも、高価で難解。しかし、今、この映画を観てみると、CGなどはまだまだ幼稚ではあるが、監督を含めた製作陣が、精一杯背伸びをして、当時としては最先端テクノロジーの一種であるコンピュータを描こうとしていたのが痛いほどよくわかる。

帰宅したマイルス、早速PCをセットアップする。専用のアダプターをコンセントにセットすることで、セキュリティや照明、バスからコーヒーメーカーまでPCが制御していく。

この場面、PCが次々と生活を隅々まで制御していき、まことに爽快極まりない。ボタンひとつで照明の濃淡が変わる、コーヒーを自動で作ってくれる。こういった人間の願望が叶えられるということは、基本的に幸せなことだ。誰にも異論は無いに違いない。しかしながら、逆に考えれば、生活を制御されていくということは、使っている人間自身が、自己の生活を制御されるということにつながる。従って、現代の寓話は、過去の寓話と同様に、数々の教訓に満ちあふれているわけである。

その際、マイルスは致命的な過ちを犯してしまう。何と、ユーザー名をミスタッチ。MILESではなくMOLESになってしまう。確かに、IとOは隣同士だ。それから先は、ずっとPCから「Hello Moles」と呼ばれてしまうのである。ようするに、会社(または社長)の世界では、彼はミルトン。PCの世界では、彼はモールスということになってしまうわけである。

この曲のタイトルは、いかにも物語の状況を代弁しているかのようだ。この時点でマイルスは、彼のPCの虜となってしまったのだ。

3 THE DREAM(CULTURE CLUB)

まったく機械に疎かったマイルスではあったが、仕事の虫ゆえに次第にはまりだす。専門のレンガ模型を使い[8]、それを細かくデータ化していく。しかも、タッチペンやマイクといった多様な周辺機器も買い揃えていくのであった。

主人公マイルスのはまりよう、執着ぶりは、現在のネット依存や子供たちの長時間ゲーミングへと引き継がれていくようにも感じる。かく言う私も、初期のコンピュータ世代であり、夜中まで延々とプログラミングにうつつをぬかしていた時があった。

気がつくともう深夜。PCの画面には、デフォルメされた人間のCGが映っている。背景は例のレンガ模型によってイメージされたビルディング。しかし、地震のためにビルは崩れだす。しかし、画面上のパニックに対して効果音はまったくなし。その静寂の中に、CULTURE CLUBのTHE DREAM[9]のみが静かに流れていく・・・

4 THE DUEL(GIORGIO MORODER)

PCの前で眠ってしまったマイルスは、またも寝過ごし。しかも、玄関ドアロックはPCのセキュリティで制御されており、もはやパスワード[10]なしには開けない。画面を立ち上げると、またもや、「Hello Moles」。マニュアルを確認し何とかパスワードを入力して屋外へ。そこで、ちょうど引っ越してきていたMadeline[11]に接触。お互いに顔を見合わせご挨拶。マデリーンは、地元の管弦楽団に移籍してきたチェロ奏者。親からプレゼントされた愛用のチェロを非常に大事にしている。引越し業者から奪い取るようにチェロを受け取り、つま弾いて音を確かめるマデリーン。業者たちも心配そう。

さて、ここから物語は急展開をみせる。

マデリーンが部屋でチェロを独習している。マデリーンが弾くチェロの音は、排気口を通じて下の階のマイルスの部屋へ。その音に反応したのか、PCの画面には、動画で表現された音が出現していた。しかも、PCの電子音が、マデリーンのチェロの音をトレースし始めたのだ。これはあくまでも電子音によるトレースなのだが、マデリーンがチェロで奏でるクラシック、バッハのメヌエット[12]とPC奏でるPOPの融合とも言える[13]。この場面を愛するファンは非常に多い。私もこの場面が大好きだ。Giorgio MoroderのアレンジになるこのThe Duelであるが、曲が先に進行するにつれ、非常に美しい旋律が双方から奏でられる。素晴らしいコラボである。

ただ、そのまま訳せば、決闘とか対決という意味になろう。しかし、少し意訳して、演奏ごっことでも表現できるくらいにタイトルとは裏腹の楽しいシーンである。

ミュージシャンの端くれでもある私から見ても、このアンサンブルは、人気アーティストのゲリラライヴ[14]にも匹敵するほど爽快なものと思う。

先にも述べたが、私は、このシーン、映画史上に残る名シーンだと思っている。人間と人間、人間と動物、どんな場合でも、両者が心を通わせ一体化したときに、幸せ、悦びは最大となる。いい言葉が見つからないが、相性と呼んでもいいかもしれない。相性がピタリと合致したときの悦び、それを躍動感のある瑞々しい映像と演技で表現した、非常に美しいシーンだ。充実感に満ちた、観ている者まで一緒になって幸福と悦びを感じることができるのである。たとえそれが、人間と機械の関係であっても。

(後編に続く)

執筆者:千葉 利彦 Toshihiko Chiba

某銀行員。文学部2類在籍。卒論テーマは、日本・太平洋移民史-日本人のアイデンティをめぐって- です。2005年、櫻井翔とともに法学部甲類を卒業。無類の映画好き。

【脚注】

[1] 各章のタイトルは、当該シーンのバックに流れる名曲のタイトルを付した。この映画、なぜこれほどの名曲揃いかというと、制作会社があのVirgin RecordsグループのVirgin Picturesだから。

electricdreamsvhs2.jpg

[2] それから後に公開された “STREET OF FIRE” でも、冒頭「ロックンロールの寓話」とテロップが表示されて、私を含め多くの観客の心をときめかせている。

[3] 邦画専門・仙台日乃出劇場をメインに、洋画系と日活ロマンポルノ系の三館が入っていた。日活系は地下にあり、映画少年だった私は、トイレに入るフリをして地下に降りて行き、ドアから漏れる音声を聴いて、独りドキドキしていたものだった。

[4] 主人公のマイルスを演じるLenny von Dohlenは、後に、大ヒットテレビドラマである”TWIN PEAKS”の劇場版で引きこもりの青年、”HOME ALONE 3”で臆病な泥棒を演じているが、それは本作の彼の役柄の雰囲気から容易に想像できる末路?とも言える。

[5] この名前の間違いは、マイルスとPCとの出会いでも同様に繰り返される過誤の布石になっている。

[6] しかし、気鋭過ぎて、その後、コーンへッズという不可解だが、微笑ましい映画を演出しているのも彼。

[7] どうもユダヤ系の役柄と言えば、優等生でありながら、こんな余計なことを耳打ちしてくる困った輩が多いような気がするが、どうだろうか。しかし、この場合は吉と出た。

[8] この時マイルスは、レンガ模型をジグソーパズルのようにはめ合わせながら揺らしている。このことから、彼は、地震に対する設計上の強度を計算しているようにも見える。何しろ、サンフランシスコと言えば、”大空港”とともにパニック映画の元祖とも呼ばれる、”大地震”の舞台だから。

[9] どうしてもPOPなイメージのあるCULTURE CLUBだが、この曲を聴いていると、彼らのバラードも秀逸だなと思ってしまう。深夜に、デスクでラテマキアートを飲み、昔の恋人を憶いだしながら聴くのに最適のナンバーであろう。

[10] このパスワードが、「lieutenant Sulu」とまたふるっている。あのスタートレックのスールー中尉である。ちなみに演じる日系アメリカ人のジョージ・タケイは、ゲイ(であることを公表している)。

[11] 演じるVirginia Madsenが可愛すぎる。同時期だったか、松田聖子のような髪型にファッション。いかにもアイドル然としている。一目で魅せられた男子が多かったらしい。この映画の後、しばらくB級ホラー映画出演が続いていたが、”SIDEWAY”でようやくアカデミー助演女優賞にノミネートされている。ところで、彼女の兄は、マイケル・マドセン。タランティーノ監督作” Reservoir Dogs”のミスター・ホワイトと言えばピンと来る人が多いだろう。強面悪人顔の兄故に、最も似ていない兄妹役者とも言われている。

[12] 有名なバッハのメヌエット。色々な場所で耳にするかなりポピュラーな曲である。この曲、私のオフィスに他課の社員が来た時に鳴らす呼び出し音になっていて、これが鳴る都度、私は映画を思い出すという、非常に困った環境にある。素晴らしい映像をYou Tubeでご堪能いただきたい。

[13] この映画の音楽監督は、イタリア人のGiorgio Moroder。今年のグラミー賞で最優秀アーティストとなった、Duft Punkのアルバム”Random Access Memories”に制作者として協力している。彼はすでに”Midnight Express”でアカデミー音楽賞を受賞しているので、それぞれ非常に権威のある賞で2冠を達成したことになる。ちなみに、この映画のエンディングテーマは、アカデミー歌曲賞にノミネートされている。さらに、歌曲(主題歌)賞では、”Flash dance”及び”Top gun”で2度も受賞するという快挙を成し遂げているスゴい人なのである。昨年私は、六本木のビルボードライヴ東京にて、彼と二言三言会話を交わし、サインまでもらうという大層な幸福感を味わっている。老いてなお精力的な活動をされている姿は、大変喜ばしいことだ。

[14] 私としては、20世紀最高のゲリラライヴに、アップルビルの屋上でTHE BEATLESが演奏したGET BACKを挙げざるを得ない。多分、ジョンもポールも、爽快だったに違いない。映像を見る限り、かなり寒そうだが・・・

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